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代 表 紹 介


代表挨拶

 

個々の強みを伸ばし
一人残らず、世界で通用する人材に。



少子高齢化、人生100年時代、健康寿命、グローバル化、AI化、戦争、感染症、温暖化、異常気象、食糧難など世界では、様々な課題や多くの問題を抱えています。その中で重要と考える事は、適応力と進化力。一見矛盾しているように思いますが、このバランスとクオリティがより求められている時代だと感じます。人生は心電図だと思っています。必ず山と谷が押し寄せ、目標に向かって走り、心拍数を上げれば困難と頂上に遭遇する回数も増えます。何もせず、山も谷も無ければ、水平線。それは、心電図で言うところの「死」を意味します。谷底では停滞、諦めてしまうことが多くなります。しかし、それが絶好調の頂上でも満足して止まってしまえば、水平線=死と同意です。谷底から早く這い上がるレジリエンス力と次のさらに高い山を目指した下山中のクオリティ(準備)が大切なのです。こうした人生力や人間力を育み、他者に優しい社会の創出を目指し、我々の使命を文化事業、教育事業に定めました。この世から不幸や悲惨という2字をなくしたい。この想いを常に具現化する思考と行動を止めることなく、我々は進みます。暗闇が深ければ深いほど暁は明るく、冬が厳しければ厳しいほど春は暖かくなるという希望を胸に今日も縁する全ての方々の心を軽くし、全ての人生を「エチェレンテ」に昇華して参ります。

エチェレンテ グループ 代表 大澤 健城
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代表経歴

 



大澤 健城(TAKEKI OSAWA)
 
1986年生まれ。兵庫県神戸市出身。6歳の頃にサッカーを始め高校3年の引退までプレーをする。引退と同時にフットサルに触れ、大学入学後から本格的にフットサルを始める。大学3年次には単身イタリアへ1年間留学し、トスカーナ州はフィレンツェ市のフットサルチーム、GERACI FIRENZE(当時SERIE C1)でプレーする。帰国後は大学リーグでプレーしながら Fリーグのチームで通訳スタッフとして携わる。大学卒業後すぐにイタリアへ戻り、ピエモンテ州、トリノ市のフットサルチーム、PINEROLO CALCIO A 5(当時SERIE B)でプレー。引退後、指導者としての道を歩む事を決意。ACミランなど様々なサッカー、フットサルスクールでの指導を経験した後、エチェレンテグループを立ち上げ現在に至る。

経歴
GERACI FIRENZE CALCIO A 5
PINEROLO CALCIO A 5
府中アスレティックFC
デウソン神戸
プーマジャパン株式会社
ドルチェ&ガッバーナ ジャパン株式会社
エルメス ジャポン株式会社


 
E' nato il 23 dicembre del 1986. E' di Kobe nella prefettura di Hyogo. Ha cominciato a giocare a calcio quando aveva 6 anni fino al terzo anno di liceo. Subito dopo ha provato a giocare a calcio a 5, poi ha cominciato a giocarlo da quando e' entrato all'universita'. Quando era al terzo anno e' andato in Italia per studiare. Durante il soggiorno in Italia, giocava a calcio a 5 nella squadra che si chiama Geraci Firenze (Serie C1). Da quando e' tornato dall'Italia, frequentava l'universita' e faceva interprete in una squadra di F-League. Poi dopo che si e' laureato, e' ritornato in Italia e giocava nella squadra a Trino si chiama Pinerolo calcio a 5 (Serie B). Da quando ha smesso a giocarlo, ha deciso a diventare un insegnatore e costruito questo "Eccellente Group".


代表インタビュー記事 >>こちら


 

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